発達障害のわたしが考える人生の意味とは

第一回 てんいろコラム 発達障害のわたしが考える人生の意味とは

 

結論から言うと、わたしは人生の意味なんて
何もないと思ってます。
この世に生まれてきて、生命維持活動をして適当に暇つぶしをして、
いつかは死んでいく。ただ、それだけだなんだと思います。

とはいえ、そんなわたしも若い頃は、このたぐいのことを考えることがありました。
自分はいったい何のために生まれてきたんだろう、生きる意味ってあるのかな。
そういうことを考えるときは、決まって暇なときか、精神的な不調があるとき。
だって楽しいことに夢中になっているときは、そんなこと考えてる暇すらないですしね。
そもそも、そういう漠然としたことを考えることすら苦手ですし。

やっぱり、本質的には生きる意味ってないと思っていますし、
偉人でもなければ、壮大な生きる意味なんて全く必要ないとも思ってます。
ただ、小さな目標みたいなものはあった方が良いなと常々考えてきました。

仕事柄、高齢者の方と接する機会が多いのですが、

この小さな目標を持っている方というのは
どうも楽しそうに生活しておられるんですね。

塗り絵がもっと上手になりたい!
来年また、盆踊りを踊りたい!
長生きしてひ孫のランドセルを買ってあげたい!
90歳になっても1㎞先のスーパーに歩いて買い物をできるようにしておきたい!
などなど

発達障害のわたしたちも、こういう具体的なイマジネーションを持つ事なら
できるのかもしれませんね。

同じ生きるなら、楽しい方が良いに決まってる!

わたしの今の目標は、事務処理で毎日1時間かかっている作業時間を
10分短縮することで、タイムを図りながら毎日やってます。
(速くするとミスがどうしても多くなるので、その対策としては
作業の翌朝に必ずチェックするようにルール化しました)

はい、仕事時間を短縮してこのブログを書く時間が欲しいからなんですけど。

こんな感じで毎月の目標を決めたりしながら仕事をやっています。
やりたくない苦手な作業も、ちょっとしたゲーム感覚で取り組めたりもしますしね。

少し話しはそれますが、以前、病院で知能検査をしてもらったところ処理能力など
境界域レベル級に低かったんですが、やっぱり事務処理など他の人が30分でやることも
わたしはだいたい2時間くらいはかかるんですよね(笑)

検査する前に、発達障害とわかっても決して治るものではありませんよと先生に言われました。

でも、わたしはたとえ発達障害であったとしてもみんなと同じ人間のくくりなんで、
人より時間はかかっても成長できたり絶対に変われるって信じてるんですよ。

自分はもしかしたら変われるかもしれない。そういう期待感を
持っているだけでもわくわくするんですよね。

失敗体験も多いことから、そういうイメージって発達障害のわたしたちは持ちにくいし、
すぐに手に入るものしかなかなかイメージがしにくい面もあるのですが、
子どもの頃、友達が自転車を乗っている姿を見て、練習したら自分にもできるかもしれない!
やってみたい!そんな瞬間的に思うイメージみたいなもの≒期待感。

こういう期待感て、もしかしたらいくつになっても生きる意欲につながるのかもしれません。

つまり実際にはできなかったとしても、できるかどうかが重要なのではなく、
やれるかもしれない!そういう希望を抱きながら挑戦することこそが、
わたしの人生で大きな意味をもつことなんじゃないかなって思うんです。

できなかったら、目標をさらに小さくしたっていいし、
別の目標に変えたって良いわけなのだから…

 

 

 

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